1月22日東上野区民館で、「裁判員裁判を検証する」学習会が開かれた。これは一昨年の研究者集会でのシンポジウム「裁判員制度を考える」を承けてのもので、制度開始より1年半を経て1500件を越える裁判員裁判が実施される中で、刑事司法が冤罪を防ぎ人権を守る方向に変わっているのか、来年に予定される制度見直しに向けての課題は何かをテーマに報告と議論を行ったものである。
当日は、弁護士で新潟大学法科大学院の鯰越溢弘教授、昨年11月に裁判員裁判で初の死刑判決が下された横浜地裁のバラバラ殺人事件で被告弁護を担当した織田慎二弁護士を講師(報告者)に迎え、参加者15名で活発な意見交換がなされた。
最初に鯰越氏から、裁判員裁判で国民の司法参加が実現することで法廷の姿が一変したこと、特に従来の調書主義裁判から公判中心の口頭主義、直接主義へと変わったこと、それに関わって公判前整理手続で検察側の証拠開示が大きく進み、また、保釈が以前より認められやすくなったことなどが報告された。
この後の狭山部会からの資料紹介でも、死刑が求刑されていた鹿児島夫婦強殺事件は裁判員裁判であればこその事実認定で無罪判決がなされたのではないかとの報告もされ、裁判員制度による司法の変化と可能性を確認した。
一方、織田氏からは自ら担当した事件の苦い経験をもとに問題点が指摘された。強大な捜査権限を持ち圧倒的な組織力、人と金も持つ検察に対し、弁護側の苦しい状況が具体的に紹介された。また、裁判官の訴訟指揮の姿勢が裁判員の負担軽減を過度に意識したスケジュール優先で、十分な弁護活動ができないきらいがあることが説明された。横浜の事件では、日々揺れ動く被告の心理に対応できないまま既定の審理が進み、死刑を回避できなかった苦渋が報告された。
その後の協議では、様々な質問や意見が交わされた。
検察と弁護側の力量差を埋めるために、証拠の全面開示の必要性は確認されたが、一方で開示証拠を弁護活動に生かすには弁護士の態勢が貧弱であることも紹介された。弁論技術も含めて弁護側の力量アップには、弁護士の努力と組織的な体制作りはもちろんだが、市民の協力が必要であるとの意見も強く出された。
裁判官の訴訟指揮とスケジュール管理に対抗して十分な審議を確保するためには、公判前整理手続での弁護活動の重要性とともに、裁判員裁判を市民がモニターとして監視すること(弁護活動へのフィードバックも含めて)や、公判前整理手続の公開の必要などが指摘された。
制度の見直しに関しては、対象事件の範囲の変更や被告人が裁判員裁判か否かを選ぶ選択制の導入などの意見も出されたが、一部で取りざたされている裁判員に過度な負担を強いるとして死刑求刑事件を除外する動きに対しては、鯰越氏の「なにより死刑制度を廃止すること」に参加者一同が納得した。
それにしても時間が足りなかった。予想されたこととは言え、まだまだ発言が続く中で会を閉めざるを得なかった。秘密のヴェールに覆われた評議の実態、市民感覚や市民常識とは何なのか、等々触れることもできなかった問題も多い。ただし、1500件の内、全面無罪判決は2件のみという数字だけでは変化がはっきりとは見られない裁判員裁判が、市民参加によって真に人権を尊重する司法となるためには、裁判員としてだけでなく様々な形で市民が参加し監視する必要を感じた。今学習会もその一環であり、次回の開催を約束して散会した。
狭山部会 吉田健介
※なお、本学習会の記録は、『明日を拓く』88号予定の「特集 狭山事件・冤罪・裁判員裁判(仮)」に掲載します。